札幌高等裁判所 昭和29年(う)379号 判決
所論は要するに、本件は有罪であるにかかわらず、原判決が本件公訴事実を認定せず被告人に対し無罪の言渡をなしたのは事実を誤認したものであるというにある。
原判文によれば、原判決が「被告人は昭和二十四年四月三十日島田豊次郎から同人所有の旭川市一条通三丁目千六百八十七番地所在の木造亜鉛メツキ銅板ぶき二階建建物一棟建坪二十五坪二階八坪を代金四十万円で買受け、代金は同年六月二十一日支払の約定で同年五月五日頃右建物を自己名義とする所有権移転登記手続を了したところ、右支払期日に代金の支払ができなかつたため、その頃右契約は解除されたが、右建物の登記名義が自己名義になつているのを奇貨として同二十八年六月三日頃旭川市二条通三丁目右五号大洋産業株式会社において、同会社より金二十万円を借用する際擅にその担保にあてるため、右建物に抵当権を設定して横領したものである」との本件公訴事実を否定し、被告人に対し無罪の言渡をなしたことは所論のとおりである。
按ずるに
(一)原審第三回公判調書中証人島田豊次郎の供述記載及び証人島田豊次郎の当公廷における供述
(二)原審第二回公判調書中証人岡本好司の供述記載並びに当審証人岡本好司尋問調書
(三)原審第二回公判調書中証人佐藤試策の供述記載
(四)原審取調の(1)登記申請書(記録25、26丁)(2)登記簿謄本(同96丁~99丁)(3)通知書(同27丁)(4)約束手形(原裁判所昭和二十九年(領)第一二号の検第一号)(5)印鑑証明書(同号の検第三号)
を綜合すると、島田豊次郎は昭和二十四年四月三十日被告人との間に島田所有にかかる(登記簿上窪田イシ名義)旭川市千六百八十七番地所在木造亜鉛鍍金銅板葺二階建店舗一棟建坪二十五坪二階坪八坪(その後旭川市一条通三丁目千六百八十七番地所在木造亜鉛メツキ銅板ぶき二階建店舗一棟建坪二十五坪二階坪八坪と更正)を(一)代金は四十万円(二)支払方法は契約と同時に被告人より島田に金額四十万円の約束手形を差入れること(三)右(二)の条項を履行したときは島田は被告人に対し何時にても同建物につき同人名義に所有権移転登記手続をなすこと(四)島田は同年六月二十一日までに右建物内の居住者等を立退かせてこれを引渡すことの約定を以て売買契約を締結し、被告人は右契約と同時に島田に対し同日附の被告人及び岡本好司共同振出名義の金額四十万円、支払期日同年六月二十一日なる約束手形一通を差入れ本件建物の所有権を取得し、次で同年五月六日同建物につき被告人名義に所有権移転登記手続(中間登記手続を省略し窪田イシより被告人名義に登記)を完了したこと。しかるに、同建物内の居住者等が期限内に立退かず(四)の条項が履行されなかつたところより、被告人は右約束手形金を支払うことができなかつたため同年六月二十二日島田豊次郎に対し、前記売買契約解除の意思表示をなし島田名義にその所有権移転登記手続に必要な権利書、委任状及び印鑑証明書を送付したところ、島田はその頃これを承諾して同書類をも受領し茲に同売買契約は合意解除され、その結果前記建物の所有権は原状回復により島田豊次郎に復帰したこと。それにもかかわらず、被告人はその所有権移転登記手続未了なるを奇貨としてその後昭和二十八年六月三日旭川市二条通三丁目右五号大洋産業株式会社において同社より金二十万円を借受けるに際し擅に前記建物上に抵当権を設定し以てこれを横領したことを優に認定できる。従つて本件公訴事実はその証明十分であるといわなければならない。記録及び原審並びに当審取調の各証拠中右認定と相容れない部分はいずれも措信し難く、その他記録並びに当審取調の結果につき精査検討するも右認定をくつがえすに足る証拠はない。なお、弁護人は本件建物の所有権が島田豊次郎に移転したのは昭和二十八年六月三日以降であるとし、その論証として当時被告人において同建物の固定資産税を納付していたものであり、また、島田は被告人より本件建物代金の支払方法として差入れた金額四十万円の約束手形を当時その手裡に保有していたものである二点に徴し明らかである、故に、本件横領罪は成立しない旨主張するが、証人島田豊次郎の当公廷における供述及び前掲原審取調の約束手形及び登記簿謄本を綜合すると、本件建物につき昭和二十八年八月二十一日被告人より島田豊次郎に対し同人名義の所有権移転登記手続をなしたことが明らかであるが、右は前記昭和二十四年六月二十二日頃本件建物売買契約の合意解除により本件建物の所有権が島田豊次郎に復帰したところ、被告人より受領した印鑑証明書に相違の点があつたのでその訂正手続方を催告していたけれども早急に運ばず漸く昭和二十八年六月二十二日頃に至り新たに印鑑証明書の交付を受けたので同年八月二十一日島田豊次郎名義にその所有権移転登記手続がなされたものに過ぎず、従つて本件建物の所有権が実体法上島田豊次郎に復帰したのは前段認定のように昭和二十四年六月二十二日頃であつて昭和二十八年六月三日以降でないことが認められる。尤も記録及び証人島田豊次郎の当公廷における供述によれば、(一)被告人は本件犯行時である昭和二十八年六月三日当時本件建物の固定資産税を納付していたこと、(二)島田は前記被告人より本件建物代金の支払方法として受領した金額四十万円の約束手形を右当時その手裡に保有していたことが認められるが、同証拠及び原審第三回公判調書中証人島田豊次郎の供述記載並びに前掲原審取調の約束手形を綜合すると、右(一)は本件建物が当時登記簿上被告人名義になつていたためであり、右(二)は前記建物売買契約の合意解除当時同手形の被告人名下の印影を破棄してこれを失効せしめたものであつて有効手形として保有していたものでないことを認めることができる。記録及び原審並びに当審取調の各証拠中以上認定に反する部分はいずれも措信できない。故に右(一)、(二)の事実は前段認定の妨げとならない。弁護人の所論は採用するを得ず。されば、原判決が本件公訴事実を否定し被告人に対し無罪の言渡をなしたのは事実を誤認したものであり、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、爾余の趣旨に対する判断をなすまでもなく原判決は破棄を免れない。検察官の論旨は理由があり、これと反対の見地に立つ弁護人の論旨は理由がない。
よつて刑事訴訟法第三百九十七条第一項第三百八十二条により原判決を破棄し同法第四百条但書に従い更に当審において判決する。
(罪となるべき事実)
島田豊次郎は昭和二十四年四月三十日被告人との間に島田所有にかかる(登記簿上窪田イシ名義)旭川市千六百七十八番地所在木造亜鉛鍍金銅板葺二階建店舗一棟建坪二十五坪二階坪八坪(その後旭川市一条通三丁目千六百八十七番地所在木造亜鉛メツキ銅板ぶき二階建店舗一棟二十五坪二階坪八坪と更正)を(一)代金は四十万円(二)支払方法は契約と同時に被告人より島田に金額四十万円の約束手形を差入れること(三)右(二)の条項を履行したときは島田は被告人に対し同人名義に同建物につき所有権移転登記手続をなすこと(四)島田は昭和二十四年六月二十一日までに同建物内の居住者等を立退かせてこれを引渡すことの約定を以て売買契約を締結し、被告人は右契約と同時に島田に対し同日付の被告人及び岡本好司共同振出名義の金額四十万円、支払期日同年六月二十一日なる約束手形一通を差入れ本件建物の所有権を取得し、次で同年五月六日同建物につき被告人名義に所有権移転登記手続を完了したものであるが、同建物内の居住者等が期限内に立退かず(四)の条項が履行されなかつたところより、被告人は右約束手形金を支払うことができなかつたため同年六月二十二日島田豊次郎に対し前記建物売買契約解除の意思表示をなし島田名義にその所有権移転登記手続に必要な権利書、委任状及び印鑑証明書を送付したところ、島田はその頃これを承諾して同書類をも受領し茲に同売買契約は合意解除され、その結果前記建物の所有権は原状回復により売主たる島田豊次郎に復帰した。そこで同人はその所有権移転登記手続をしようとしたが、右印鑑証明書に相違の点があつたので被告人にその訂正手続方を催告したけれども早急に運ばず延引しているうち、被告人は昭和二十八年六月三日頃旭川市二条通三丁目右五号大洋産業株式会社において同社から金二十万円を借受けるに際し、前記のように本件建物が登記簿上自己名義になつているのを奇貨として、擅に同社に対し右建物上に 一、原因=昭和二十八年六月三日 一、債権額=金二十万円 一、弁済期=同月二十日 一、利息=年一割 一、利息支払期=元金と同時払等の旨の抵当権を設定した上同日その旨の登記をなし、以てこれを横領したものである。
(裁判長裁判官 原和雄 裁判官 水島亀松 裁判官 中村義正)